25年くらい前、高校の時に課題で上野の国立博物館に来たことがあった。
しかし当時の私の苦手科目といえば「日本史」「世界史」
展示されているもののスゴさがまったくわかっていなかった。
そう、バカだったのである。
展示を見ても「なんか、古っ」みたいな感想しか抱けず、
驚くべき来歴の国宝の数々もまったく目に留まらず、
「フーン」という感想のみを得て早々に出てきてしまっていた。
時は過ぎ、
コロナ禍の自粛期間中に高校世界史Bを学び直したこと、
配信で2.5次元舞台にハマり、刀剣乱舞にハマり、ついに高校日本史Bを履修するに至ったことがあり。
そこで当然、「日本刀」を見たいと思ったのだ。
その時、この国立博物館のことを思い出した。
人間、少し勉強したくらいでそんなに賢くなれるものでもないが、
まぁ高校時代よりかはいくらかマシになっているであろう、
ということで再度訪れることにしたのだった。
アクセス
JR上野駅か鶯谷駅から歩いて行ける。
地図で見る限り鶯谷駅の方が近そうだったので鶯谷駅で降りてみた。
しかし鶯谷の雰囲気があんまりよくないのと、
鶯谷からでは博物館の入口までの道が非常にわかりづらい。
結局「正門」までの距離となると上野駅から歩いても同じくらいなので、
奇をてらわず、上野で降りて人の流れに沿って歩いた方が楽ではないかと思った。

上野駅から行くべき
事前に前売り券の手配が必要な展示もある。展示内容を確認しよう
私が行った時はコロナ禍がやわらぎ始めたかなぁというくらいの時で、入場予約が必要だった。
(密を避けるため)
現在は入場に予約は必要ない。
当日になって入り口で入場券を買うこともできるし、
ローチケなどで前売り券を買うこともできる。
ちなみに入館料は1000円だ。
しかし事前予約で入ったのがスムーズで快適だったので、可能であれば事前に前売り券を入手してから行くのがオススメだ。
展示とじっくり対話したい、みたいな場合は、空いていそうな日を選ぶといいと思う。
平日など。
最近は海外の旅行者も多いので一概には言えないが、
12時〜13時ごろはランチのためか、混雑がいったんひく気がする。
その時に一番見たい展示が来るようスケジュールを組むのもオススメだ。
ネットで調べた情報なので真偽は不明だが、
平日の夕方以降もすいているらしい。
また扱っている物がホンモノの国宝なので、
保護のため展示は常に入れ替えられている。
なので、見たい物がある場合は、
そもそも今公開期間中なのか?を調べてから行くのがいいだろう。

前売り券を買え。
見たいものが公開中か調べろ。
ひとりの人は浮かないか?
記事タイトルの通り、
賢い人が常連として一人で来ている。
むしろ大人数でワイワイ観覧している人の方が浮くくらいだ。
一人客で浮かないか?ということを心配するより、
展示についていけるだけの教養が自分にあるか?の心配をした方がいい。

一人の方がカッコいいぞ
博物館サバイバル術
展示のボリュームが尋常じゃない上に
本館以外にも展示が複数館あるため、
どんなに頑張っても1日ですべて見てまわることはできない。
しかし、せっかく来た以上、なるべく悔いを残さず帰りたいのが人情だろう。
なるべく粘るために、
筆者がやったのは、
ソイジョイみたいなひとくちで食べられる腹持ちのいいお菓子とお水、ランチを持ち込むことだ。
もちろん館内は飲食禁止だ。
こういうの
しかし数か所の休憩所と、ベランダに出られるところがある。
そこで、お水を飲んだり、粉を落とさないよう、サッとお菓子を食べることくらいはできる。
スキを見つけて兵糧(ひょうろう)を補充できれば、それだけ長く滞在できる。
混雑ぶりにもよるが、
少なくとも本館地下一階には自販機も設置されているので、ここならお菓子とお水くらいなら遠慮なく食べられる。
本格的にお腹が空いたら、
いったん外へ出てベンチで持ち込んだランチをサッと食べる。
休憩がてら、敷地内のカフェやレストランを利用してもいいだろうが、
混雑状況が読めないのと、提供までの時間も展示の観覧に使いたいし、
何か買って持って行ったほうが安上がりだし時短だと思う。
本館一階の階段の裏にはコインロッカーがあるので、荷物はなるべくここへ入れてしまえば、展示に集中できる。
料金も無料だ。
あとは静かな館内を歩き回るため、
音のしない靴底かつ歩きやすい靴で行くのがオススメだ。
途中外に出られたら、
深呼吸とストレッチをして全身の筋肉に酸素を送り込もう。
ただ展示されている物を眺めるだけなのに、
なんでこんなに体力を使うのか不思議だ。

ソイジョイ、水、おにぎり、歩きやすい靴
印象に残った展示
あとは時間と体力の許す限り、
じっくりと展示を見て回るだけだ。
公式サイトによると、
初めての来館の場合は、本館二階からの観覧が勧められている。
私はよく分からなかったので、一階→二階と見て、ミュージアムショップに行き、ベンチでおにぎりを食べて、そこで体力の限界を感じて帰った。
滞在時間はだいたい3時間くらいだっただろうか。
本当はもっと見ていたかったが、
これ以上集中して見れる気がしなかったので大人しく引き上げた。
彫刻エリアで見た仏像
500年とか1000年とかそのくらい前の仏像なのに、
まるで最近作ったみたいにピカピカだった。
繊細な細工のどこも欠けていないし、汚れてもいない。
これを作った人だけじゃなくて、その後何百年も、この仏像を大事にしてきた人々がいたということを、仏像の状態が雄弁に物語っていた。
私はいわゆる新興宗教2世の育ちなので、心に信仰を宿して生きる人の生き方を多少なり知っている。
なので、こういう信仰の対象が「現存している」ということがそもそも奇跡のように感じた。
信仰というのは時に、それを持つ個人に信じられないような悲劇が襲ってきた際など、ひるがえってその人を強烈なアンチにしてしまうということがたまにある。
つまり、この仏像に祈りを捧げた者が、その祈りを無視され、ヒドい目に遭ってしまった、どうしてくれるんだ、と心の中で怒りを感じた時、この仏像を破壊してしまいたいような衝動にかられるということだ。
そうでなくても、当然、他の宗教の信者に狙われることだってある。
海外の神仏の石像が頭だけ砕かれている姿は誰しも見たことがあるだろう。
この仏像は、そういう憎しみ・逆恨みを一度たりともぶつけられたことがない。今日この瞬間まで、数百年、大切にしかされてこなかった。
この仏像のまわりにいた人々の暮らしが、さほど切迫することなく、平穏であったからなのか。
ここ数百年の日本人の信心が非常に深く、例え悲劇に見舞われたとしても、その怒りが仏像を壊すみたいな方向へ向かうことはなかったからなのか。
そもそも信心などなく、仏道にある者以外はさして関心を払ってこなかったからなのか……
いろいろ考えたが、やはりどう考えても「大切に」されていると思えた。
数百年のあいだ、こうした仏像を敬意を持って扱った、人々の想いに感動した。
刀剣乱舞にハマったからには一度はお目にかかりたかった三日月宗近

かれこれ千年?くらい前に打たれた刀がこうして現存しているということも十分スゴいが、
能の小鍛冶の元ネタにもなった名工、三条宗近が打ったという伝説の刀で、
豊臣家や徳川家など、日本史のスターたちの手元にも渡った経歴がある。
こうした来歴のホンモノの「宝」を、
なんとごくごく一般市民の私が見させてもらえるんだから、
こればかりは21世紀に生きててヨカッター!というところであろう。

刀剣乱舞でもおなじみの水心子正秀

小竜景光の彫刻。
小学生のソーイングセットでもおなじみのドラゴンの意匠は、時代を越えて「カッコよさ」の象徴だったのかもしれない
正確さがヤバい伊能忠敬の地図

GPSも人工衛星もない時代なので、
上空からこのエリアを見る方法などなかった房総半島〜東京湾を、
地上からの測量だけで描いた伊能忠敬の正確な地図にゾッとした。
こんなことできるモンなの?
国立博物館で見つけたどうぶつの絵






国立博物館の展示はバカには分からない!とか大きな事を言いながらこの記事を書いているが、
むろん著者とて未だはなはだバカである。
恥ずかしい限りだが……
まあまあのおバカの筆者が、
詳細は全く分からないながらも直感的にテンション上がったのがこうしたどうぶつの日本画だ。
昔の人の、動物に対する興味と愛情あふれる視線を感じた作品には、詳細がわからなくても、共感と感動を覚えた。
教科書で見たことあるやつ

そんないきなり「これは三千年くらい前に作られた土器だよ!」と言われても、さ、さんぜんねんって……という感じだ。
顔を近づけたら、3000年前の空気が漂ってきそうだった。

ドータクンだ……みたいな。
日本史の資料集でおなじみ武人のハニワも展示

美術の教科書に絶対に載ってる荻原守衛の「女」。
国立博物館にあったんだ
そもそも建物がスゴい
150年前、明治5年建設の趣を残した建物がすでに非常にカッコいい。
最近になって日本が貧しくなった……からなのか
それともシンプルモダンがラグジュアリーの流行だからなのかは分からないが、
現在ではこんな豪奢(ごうしゃ)な建物はもう日本には建たないのではないか。
明治5年の、150年前の日本は、
イケイケの、勝ち気な空気感だったのだろう。
今の日本にはない雰囲気にたじろぐような気持ちになる。
追記:一説によると、帝国ホテルなどは、
外交のために見栄をはってというか、
他国との交流に失礼のないように、同時に舐められないように意図して、豪華に創られたのだという。
国立博物館もそういう文脈の中で建てられたのかもしれない
まとめ
と、国立博物館を十分に堪能するにはまだまだ教養が足りてないとお察しいただけたと思う。
しかし、ということは、
この後の人生を教養豊かに生きようとするほど、
年をとってから、もっとこの博物館が楽しめるようになるということだ。
そうなりたい、と心から思えた。
国立博物館に来たことで、人生に対して、明るい展望を持った。

国の「宝」をここからさらに千年、二千年と守っていこう、という行政法人国立博物館の姿勢にも感動
備考
博物館といえば、疲れない、歩ける、かかとが鳴らならい靴が必須だ。
なかなか行けない人のために便覧もある。
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一人で生きるハムスター
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